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ラララそよ風通信あなたの心にそよ風をモットーに! April 09 マグリットの台所
December 11 アンとの再会なつかしい人とばったり街角で会う事がたまにある。
しかし今日のそれは一味違う。 彼女の名前はアン。 2001年夏、僕と同じく彼女は一人でアラスカを旅していた。 彼女は大きなバックパックを足でこつきながらキナイ半島へ向かうシャトルバスが来るのをじっと待っていた。 バス停で待っているのは僕達だけだったので自然に話しを始めた。
今から訪れる見知らぬ土地についてや自分の住んでいる街のことを話した。
そしてアンがモン・マルトルに住んでいる事がさらに彼女の身のこなしを印象付けた。
彼女との旅は2時間ほどで終わりを迎え、僕は途中目的地でバスを降りた。 連絡先を聞かなかった事をバスの窓越しに手を振る彼女を見送りながら悔やんだ・・・。
2年後の9月。ブリュッセルの街は新学期を迎える学生達で賑やかだった。 信号が赤から青に変わろうとした瞬間、隣に立っているその人を何気なく見た。
どこか見覚えのある顔。
まさか・・・。 アンはパリの大学から最後の一年をベルギーの大学で勉強するために数日前ベルギーに引越して来たばかりだった。 僕らはあの日、バスを降りた後どんな旅をしたのかを語り合った。僕はグリズリーに出会った話や氷河の大きさについて語った。 彼女はネイティブ・アメリカンの文化をテーマにした論文を書くために一度帰国し、冬の6ヶ月をインディアンの小さな村で過ごした話をしてくれた。
その後何度か一緒にカフェに行ったりしたけれど、今アンが何処で何をしているのかは知らなかった。
今日の撮影は思う様に行かず、冷たい雨の中冴えない気分で家路についた。 乗り換え駅でメトロが来るのをあの日バスを待っていた様にコツコツと床を蹴りながら待っていた。
そして何気なく同じように待っている隣の人を見た。
「アン・・・。」 僕らは3年ぶりの再会をまたしても偶然にやってのけたのであった。 そしてあの後どんな風に過ごしているのかを揺れるメトロの中で話した。
そして同じ駅で降りた。同じ町内に住んでいるらしかった。今まで出会わなかった事が滑稽で可笑しかった。
小雨が降る中、次の再会を誓い彼女の背中を見送った。 出来れば偶然の方が面白いと思いながら・・・。 おわり あとがき
こうやって文章にすると嘘みたいな話ですが全部本当の話です。
これに似た話でフィレンツェで出会ったおっさんがブリュッセルの街角で靴磨きをしていて
その休憩中にばったりカフェで再会というのもありましたが、これはドラマになりそうにないので書いていません。
あしからず。
浜風編集チョー
November 23 デジャ・ヴュ撮影風景 11月皆さんお元気ですか。ラララそよ風通信編集部です。
更新が滞ってます・・・。
現在撮影中のゾロバベルの人形アニメの撮影風景をフォトアルバムに追加しました。
コマ撮りの撮影は1日に数秒しか撮る事が出来ないので撮影はまだまだ続きそうです。
このデジャ・ヴュと並行して新しいプロジェクトも始まりました。ベルギーのロックバンド・ギンズのPV(プロモーション・ビデオ)です。
もちろん人形です。
その様子は次回と言う事で。
タダでさえ日照時間が短いブリュッセル。地下室で撮影しているとモヤシになりそうです。
行けるものなら日焼けサロンで人工太陽に当たりたいそんな気分です。 浜風編集チョー
September 24 ラララ・いたりあーの サーカス哀愁編
いつの間にやら夏の濁りはすっかり消え秋空が拡がる今日この頃、皆様いかがお過ごしでしょうか。 2002年12月。ボロボロキャンピングカーのキャラバン隊はドイツ、スイスを抜け「花の都フィレンツェ」を目指していた。 フィレンツェで僕達を迎えていたのは巨大なサーカステントと色とりどりのイルミネーションだった。 「なんかおもしろそう。」総勢20名の音楽隊はそれぞれの楽器と、その昔結婚式で使われていたモロッコ式のテントをボロボロキャンピングカーに積み込み一路フィレンツェを目指した。 カルネはフォトアルバム「ラララ・いたりあーの サーカス哀愁偏」で見ることができます。 August 17 カルネ ド ピレネー後編みなさまいかがおすごしでしょうか。
フォトアルバム「カルネ ド ピレネー後編」を追加しました。
これは2004・2005取材のカルネです。
今年のピレネーのカルネはただ今全力編集中です。
今回の旅は標高3400mの氷河の上をクレバス横目に歩き、気が付けばナゼかスペインのレストランで巻き寿司を
巻いていたり、一味違った不思議な旅でした。
おまけにフランスの田舎で老ロバのペピータちゃんを借り僕の旅の道連れに。
そんな様子は今後のラララそよ風通信でお話する事にしましょう。
それではお楽しみください!
ラララそよ風通信編集部より
July 08 旅立ち ピレネー山脈はスペインとフランスの国境沿いにのびる標高3000m直線距離400kmの山脈です。
そこに暮らす人々の昔ながらの生活、自然、生き物、出会いをテーマにカルネ ド ヴォヤージュを製作しています。カルネ ド ヴォヤージュとは旅の中から生まれる世界に一つしかない大切な旅ノート。
僕は山をテーマにアラスカの原野、厳冬のカナディアン・ロッキー、初夏のスイスアルプス、ヒル地獄のマレーシア熱帯ジャングルを踏破して来ました。そんな旅の様子を遠く離れた所から皆様のお茶の間にお届けする事ができて嬉しいかぎりです。
今回の旅も面白い出会いに夢膨らませ最後の荷造りに汗をかく浜風編集チョー。
しばらくの間ブログは更新されませんがその分「カルネ ド ピレネー 50ぺージ」をたっぷりお楽しみください。 時間のある人は文章も読んでくださいね。
次のステップはラララそよ風通信のアニメーション化です。
それでは行ってきまーす!
ラララそよ風通信編集部 July 07 六甲ヲロシのわーるどカップな夜まーいど~スポーツ担当六甲ヲロシでーす。 ポルトガルVSフランス戦を観戦しにポルトガルバーへ行ってきました。近所にあるポルトガルっぽいお店だったので応援するにはもってこい。店内にはサッカー好きと思われる若者達がいい席を陣取っていた。試合も始まり幾つかのポルトガル側のシュートが外れて「うーん残念とか、あちゃー」とか言っていると冷たい視線を背中に感じる・・・。 なんでや?
冷静になり他の人のリアクションを横目でジロリ。するとフランスのシュートが外れると「ウォーとかおおおおおぉ」と雄たけびを上げている。ひょっとして全員フランス応援してるやん・・・。
じっくり店内を見回す。なんとそこはスペイン人バーだったのだ。
「やべー」
それに気づくとなんとも居心地の悪い空間と変貌した。店の奥ではサッカーに興味の無いおばあちゃん達はがイコロゲームを黙々とやっていた。前半終了後そそくさと店を出たのは言うまでも無い。
みせの人も「あいよっ」とつり銭を渡した。 後半戦は間違いなくポルトガル人のバーへ。道路に大きめのTVが置かれちょっとしたミニシアター状態。日本人はかなり浮いているけど、おんなじチーム応援してるって事でOK。 試合はご存知の通りポルトガルは負けてしまい、がっかりムードが漂うバーポルトガル。
大通りに出ると熱狂的なサッカーファンがハコ乗り状態でクラクション「ぶーぶー」と鳴らし、花火でフランスの勝利を祝っているというか狂ってるな。こりゃ警察も大変だ。それをわざわざ見にくる人々。僕もそーやけど。 この騒ぎが夜通し続くのかと思ってたら、ポルトガルの竜神の怒りに触れたのかバケツをひっくり返したような大粒の雨がザァーと降り出し野次馬さんは一目散で家に帰っていった。オーディエンスの居ないはハコ乗りはただの暴走族。フランス勝利の熱気は雨によって一瞬にして鎮火されたのであった。 おしまい。 July 05 アヌシーからの風 9 「日本語特訓」マリールイーズはいつに無くうれしそうだった。
「今日私の彼、セバスチャンがくるの。」また目をキラキラさせた。
セバスチャンはフォリマージュのアニメーター。フォリマージュと言えば無く子もだまるヨーロッパのアニメーションの代名詞的プロダクションで、数々の短編アニメーションをフェスティバルに送り込み次々と受賞をものにしている。今回のアヌシーでも特別プログラムが組まれているほどの人気だ。
以前いくつかフォリマージュ作品を見たが「動いている絵本」というのが僕の第一印象。筆あとの残る淡い水彩画タッチの絵が見事に動いていく。
セバスチャン登場!
いきないり「コンニチワ!」アジア風の黄色い長袖シャツに、日焼けしたひげ面。プロバンスからきたというよりインド帰りと思うくらいのカジュアルな感じ。
それに今コンニチワって言ったような気がするが・・・。
いきなりセバスチャンは言った。
「日本語おしえてください。」
「えっ・・なんで?」
話を聞くと近々日本のジブリからお客さんが来るらしく。それまでに日本の事を勉強しておこうと言うのである。僕は偉いと思った。フランス人が日本の習慣に自分を合わせようとしている所がである。
「ほんじゃまずは、ステップ1!名刺交換。」
「サバ?」
「ウイ!」
「ただ渡せばいいってもんじゃないよ。これには秘訣があってお辞儀をするときの姿勢、名刺を渡すときの絶妙のタイミングと方法、その時に口にすべき言葉など、全ては古来の儀式に起源を発する一種の「型」をもってるんだ。
日本ではまずこの「型」を知っているかどうかが大切で、それでその人となりを判断するバロメーターになってるんだ。この「型」を学ぶプロセスは小学校に入って漢字を勉強する時、筆順を徹底的に習得してその通りに書かないとテストで良い点はもらえない。そういう風に「型」をマスターした物は先輩そして師として尊敬され、学ぶ側は師の指導に従って黙々とその「型」を学ぶんだ。これが日本人の精神風土の土台の一つであーる。日本人とビジネスする時はこの「型」の習得が第一歩であーる。
「分ったかっ」
「はいっ!」
「よーしっ!まずは名刺の差出し方からだ。両手で名刺の両角を持ち、相手に読める向きにして渡す。この時に15度程度の軽いお辞儀をする。このお辞儀が深すぎても早すぎてもダメなんだ、軽く15度。」
「じゃーやってみよう」
「ダメダメ!首だけじゃなーい!腰からだ!腰から背筋をピーンと伸ばーしそのまま前に。この時視線は落としたままだ。間違っても上目遣いでみるんじゃないよ。」
「まぁいいだろう。」
「よーしステップ2!受け取った名刺は良く見る。このとき仮に字が読めなくても見る。心眼でよみとるんだ!わかったか!」
「いいぞ いいぞ その調子 その調子!」
映画「ベスト・キッド」の師範ミヤギになりつつある浜風編集チョー。
「よーしステップ3!頂いた名刺はすぐにしまわずテーブルがある時は右横の置いて何時でも見えるようにする。立っている時はポケットにや財布に入れず名刺入れに入れる事。間違っても名刺の裏をメモ代わりにするんじゃないよ。」
「よしよしいい感じ いい感じ。」
そんな僕達の姿をマリールイーズは不思議そうに眺めていた。やはり日本はまだまだ極東の神秘の国なのである。
セバスチャン健闘を祈る!
PS 長い海外生活で日本のしきたりを忘れつつある僕。海外で日本人の方にお会いしたときに
いきなり握手を求めてしまう時がある。自然に体がそう動いちゃうのである。アヌシーで出会った方々、もし失礼な事してたらごめんなさい。この場をかりて。
アヌシーからの風 8 「アニメとアニメーションの違い」 アヌシー映画祭は5つぐらいの映画館で行われている。
参加者にはパスとアヌシーオリジナルバックがもれなくもらえる。
白地にオレンジのショルダーバックは汚れが目立ちやすいが中々おしゃれだ。
メインの映画館には当日券を待つ人の行列が出来ていた。ついでにトイレも行列だ。
なぜ突然思いついたようにこんな事を書いているのかと言うと、海底2万里オヤジやこだまカメラマンに気をとられてアヌシー映画祭の事を何も書いてない事に気づいたからである。
この調子で行くとオモロイ人特集で終わりそうなので、今回はまじめにアヌシーアニメーションフェスティバルを綴ろうと思ったのである。
その前にアニメーションの語源を説明しておこう。
アニメーションの語源はラテン語のanime 「生命のある、活気のある」が元になっている。
動物のanimalもココから来ている。
日本で「ぼくぅーアニメ好きですぅー。」と言うと この人・・・ひょっとしてオ・タ・ク?と取られがちだが
この国ではアニメーションはれっきとした芸術表現の手段なのであります。お宅っぽい日本のセルアニメをアニメと呼び、アヌシーで上映されているような短編作品はアニメーションと呼ばれている。日本ではアートアニメと呼ばれているみたいだけどココではシンプルにアニメーションで良い。
短編作品(クーメタージュ)は小さなプロダクションや個人で制作され作家の表現が100パーセント反映される。お富もそうだけど芸術活動に補助金を国が出しているケースが多く、スポンサー抜きに制作できるのもメッセージや芸術性が高まる理由のひとつだ。観客は美術館で画家のメッセージを探るようにアニメーションを見るのが特徴だ。
だから来ている人達も東映漫画祭りの親子連れとはちがうし、美少女アニメのお宅たちでもない、一口にアニメと言っても色々あるのだ。(ゲームお宅ビンセントのようにアニメーションと日本アニメの両方を好きな人が現在急増中。この人たちは日本語も勉強していたりする。そしてやたら日本のアニメに詳しく大学の卒論でアニメの事を書いていたりする。)
なんでアヌシーがあにめーしょんのメッカとなったのか?これも付け加えておこう。
カンヌ映画祭のアニメーション部門が独立してアヌシーアニメーション・フェスティバルになりました。
だからここで受賞した作品はアカデミーにノミネートされたりする。MIFAと呼ばれている特別会場では映画配給会社や、そのほかの関連会社がブースを出しアニメーターと商談したり、新しいアニメーションソフトのデモンストレーションをしたりしている。僕にはあまり関係の無いところだったの早々に引き上げた。
上映されている作品は僕を睡魔へ誘い込むことなく、常に感動と驚き、意味不明を与えている。見るだけでも価値のあるそんなアヌシーアニメーションフェスティバルであった。
目の前の芝生には巨大野外スクリーンが設置され夜な夜なライブと映画上映をしているみたいだけど結局行かなかった。昼間にたくさん映画を見たのでかなり疲労していた。
夜は宿で「子供アニメ」の面々とワインを飲んでだべって12時頃には寝た。
「さて明日はどんな出会いがあるかなワクワク。」
アヌシー9に続く
July 02 アヌシーからの風 7 「こだまカメラマン」
僕とウィリアムはインタビューの後カメラマンにポートレイト撮影を頼まれた。 出演者全員の写真を今の間に撮っておこうというものだ。 カメラマンは僕らを外へ誘い出すと無言で「こっち こっち」と手招きした。その手招きに導かれどんどん細い路地に入っていった。 「 ほれ こっち こっち・・・。」なんか木霊みたいなカメラマンだ。 レストランの裏口に続く細い裏路地を抜けコンクリート階段をトコトコと上がって行くこだまカメラマン。 「 ほれ こっち こっち・・・」 誘い出されたところは地上4階の人気のない雑居ビルの踊り場だった。 さびた手すり。 剥がれたコンクリートの壁。 壊れた冷蔵庫。
パンチラ写真でも撮られそうな雰囲気だ・・・。 恐らくこだまカメラマンは街中を歩き回り光の加減、人の少なさ、単色の壁面を計算して、この場所を見つけたのだと思うのだが女性一人では結構怖いかも。
撮影は無言でパシャ パシャ行われた。 試しにウィリアムの横顔を僕のファインピックスで撮ってみる。 さすがだ! 光量がバッチリでプロのような写りになった。 元の会場に戻ってみると丁度サムライ監督の出番だった。 インタビューが無事終了し例の木霊カメラマンが手招きする。 「ほれ こっち こっち・・・・。」 僕もサムライ監督の裏路地撮影会に同行した。 撮影終了後サムライ監督は言った。 「パンツ撮られそうな雰囲気だったなぁー」 そう思うのはやっぱり僕だけでは無かったのだ。
アヌシー8へ続く アヌシーからの風 6 「インタビュー」インタビュー会場には50人ほど人がいた。
目の前には昨夜のマシンガン記者、右手には仏英の通訳者、オーディエンスはヘッドフォンで同時通訳が聞ける仕組み。
さて一発目の質問はウィリアムに向けられたものだった。
「どうしてベルギーで日本の作品を作ったのですか?」
そこでウィリアム
「芥川の羅生門はアキラ・クロサワが映画化してヨーロッパで知られています。私は羅生門を見て
芥川に興味を持ちました。そして短編小説の中にお富を見つけたのです。」
「まずパペットアニメを作るときには重要視されるのは、セットやキャラクター数の制作が可能かどうかです。そして著作権が切れていることも僕達にとって確認しておかなければならない事でした。
その条件を満たしたのがお富でした。」
インタビュアー
「えっ!でも日本の著作権は作者の死後100年ですよ。」
「・・・・・・・・。」青ざめるウィリアム。
「冗談です。」とインタビュアーはニヤニヤした。
悪い冗談いうなこの人・・・・。
次の質問。
「ところで日本とヨーロッパの制作現場ではどういう違いがありますか?」
やっぱり来たか・・・。
よくされる質問の一つに日本のタテ社会構造についてがある。
前回のブリュッセル・アニメーションフェスでは日本女性の社会における地位について聞かれた。
正直困る・・・・。
日本人代表として安易な答えは誤解を招くし、ステレオタイプになりかねない。
その質問をさりげなくかわす。
「お富がブリュッセルでベルギー人、イタリア人、フランス人日本人、ドイツ人で創られた事はとっても重要な事です。日本文化を理解しようとして創られた思いがお富を通して伝わればうれしく思います。」
ユーモアを交えて言うなら
「お富はチョコレートとパスタとチーズ、スシとソーセージでつくられています。
見た目は日本食ですが味の方はとっても複雑ですので味見してみてください。
お腹をこわしても知りません。」
20分間のセッションはあっという間に終わってしまいマイクを置いた。
その後サムライ監督が登場!
アヌシー7に続く
アヌシーからの風 5 「永遠に残るもの」 海底2万里オヤジはシャンパンを注ぎながらベラベラしゃべっていた。
いつの間にやら海底2万里オヤジを中心に大きな人の輪が出来ていた。
僕とサムライ監督はシャンパンを注がれながら輪の中に入った。
そのなかに日本人らしき女性の姿。
ぼくらアジア人は自然と話はじめる。
彼女はシドニー・ディズニーのアニメーターで黒いロングヘアーに黒い瞳が印象的だった。
サムライ監督と黒いひとみさんは僕の知らないアニメ業界の用語で話している・・・。
「原画とかもかくの?」とサムライ監督
「描いてますよ」と黒い瞳さん
僕はいちいち「あのー原画を描くってどういう事なんですか・・・。」とか質問していた。
「原画を描くってって事はキーになる場面の絵を描くことでその合間を他のスタッフが埋めていくんです。」という事は原画はアニメのクオリティーを左右するめちゃめちゃ重要なポジションじゃない!
ディズニーで原画を描く黒い瞳さん、ロスで自分のプロダクションを設立しているサムライ監督、すごい輪の中にいる事に気づかされる。しかし輪の真ん中にいるのは海底2万里オヤジ。
この辺のギャップが外国ならではの面白さ。
黒い瞳さんはディズニーのスタッフを順に紹介してくれた。
その中に日本語を話すお兄さんがいて、さらに不思議な空間となった。
「あしたコォイツのスッゲーきれいなフラッシュの作品やるから、ゼッタイ見てくれよぉー」
とお兄さんは仲間を紹介した。
(注釈・フラッシュとは2Dアニメーションソフトでそよ風キャラもこのソフトで作られている。)
フラッシュをきれいと表現する。
人の美意識もすごい速度で変化している。
はたしてヴェルヌはこんな時代を想像しただろうか。
そしてこの先どういった物が美として追求されるのか、もしかするとその糸口を探るのがこのアヌシーの
フェスティバルなのではないだろうか。
黒い瞳さんは隣にいる「バンビ2」の監督エリックさんを紹介してくれた。
浜風編集チョーは風キャラのフィギュア達をエリックさんに見せた。
「おぉ キュート」と手にしたのは春風さん。以外と砂嵐シマムも気にいってるみたいだ。
他のスタッフも興味を示してくれた。
フィギュアは立体的でキャラの全体像が一目でつかめるのでプレゼンにはもってこいだ。
ちょっとかさばるけど・・・。
宴は最高潮に達しふと時計を見ると午前2時近くを指していた。
明日の朝は早い。と言うのもホテルの朝食会場でコンペ3出品者のインタビューがあるからだ。
サムライ監督もインタビューをうける。
僕らは海底2万里オヤジの背中を見送りパーティー会場をあとにした。
サムライ監督に「じゃぁ また明日。お休みなさい。」と握手をした。
さっきのお月さんはずいぶん高い所にあり湖面は黒々としていた。
木立の中の自転車道をぽつぽつ歩きながらサムライ監督の言葉を思い出した。
「作品は永遠に残る。だから僕らは作品を作らなければならない。」
そっか永遠か・・・。
永遠って死んでもずーっとて事か。
さり気ない一言だったけどズッシリ僕の心に根をおろした。
アヌシー6につづく
July 01 アヌシーからの風 4 「後編 海底2万里オヤジ登場」 サムライ監督と話をしていると「調理場はどこだ?」と聞いてくる男がやってきた。
なんとなくクレイジーホースを思わせる雰囲気・・・。
注釈・ミスタークレイジーホースはスペインで出会ったすごいマユゲの持ち主。
その男はフランス語で俺の爺さんがどうのこうと言っている。
「あなた達は日本人」
「ええ まぁ 一応・・・。」
「君達はジュール・ヴェルヌをしってるかい」
「じつはね僕のおじいさんなんだよ。うぃひひひひひ」
ジュール・ヴェルヌは「海底2万里」や「15少年漂流記」を書いたフランスのSF作家。
・・・がしかし怪しい・・・怪しすぎる・・・。
ノッポさんのような緑の帽子にはだけたシャツからみえる胸毛。
そして人に話すすきを与えない一方的な話かた・・・。正直に言ってしまった。
「あんたの話ぜんぜん分らんです。何言ってんの」
「おー君達は信じてないねー ウララ」
ポケットからヨレヨレのパスポートを引っ張りだすと開けて見せた。
「ほらね ココ ココ ベ・ル・ヌ ってかいてるでしょ。ほらベ・ル・ヌ」おっさんは目を細めた。
それってただ苗字が偶然同じだったとしか思えないが、それより一体どうやってあのセキュリティーを入ってきたんだろうというのが僕らの疑問だった。
もしやして湖を泳いできたんだろうか・・・・。
そこで海底2万里オヤジと命名。
海底2万里オヤジは調理の場所を聞くと闇に姿と消した。
そして数分後よく冷えたシャンパンのボトルを片手にニヤニヤしながら帰ってきた。
ポンと栓の抜ける音がすると人が集まってきた。
海底2万里オヤジは誇らしげにシャンパンを注ぎながら言うのであった。
「俺のじいさんは・・・・・。」
アヌシー5に続く
アヌシーからの風 3 「カクテル・パーティー前編」昼間の太陽は湖の彼方に消えていった。
銀色の風が水面を渡っていく。
一足早いバカンスを楽しむ人々は好みのレストランのテラスを陣取りアペリティフのグラスを傾けながらメニューに見入っていた。
そんな人たちを横目で見ながら僕とウィリアムは浜辺のパーティー会場へと向かっていた。
すると後ろから声がした。
どうやら新聞記者の人らしいんだか「お富」のことが気に入ったらしく僕らの後を追ってきたと言う。
白髪めがねの新聞記者は早口でよく喋った。
それはまるでタイプライターのキーを高速で打ち続ける様な話し方で、時々立ち止まりながら話した。先を急ぐ僕らは迷惑ながらも話を聞かざるをえなかった。
会場は湖を見渡す浜辺にあった。
入り口にポリスと係りの人がいて招待状を見せるとニコッと笑いボンソワーといった。
大きな仮設テントがいくつもありパーティードレスで着飾った女の人がたくさんいた。
こういう服はこんな所で着るんだと初めて知った。
シャンパンを片手に立つ姿はなんとなくきれいだった。
ちょっと場違いな所に来てしまったような気もするが・・・。
ビュッフェ形式の料理を待つ間もマシンガントーク記者は休みなく喋りつづけ、僕の耳にはすでに
般若心経のように聞こえ始めていた。
全部意味のわかるウィリアムが気の毒だった。
僕はお肉をお皿にたっぷりのせると赤ワインを手にした。
ここサボア地方の赤ワインはブルゴーニュのワインは軽くなめらかで、
ボルドー馴れしている舌に繊細な味わい。
そしてコンテチーズとずっしり重いソーセージをほおばりながらワインをごくごく飲む。
ひたすら美味い。
お腹が一杯になる頃、小さな月が水面に光を落としていた。
まだ記者は話続けている。
そこに一人の日本人が現れた。
それはメールでご挨拶していた御影たゆとさんだった。
御影さんはインデペンデント・アニメの若きクリエーター。コンペティション1に出品されていた作品を
見た僕はぜひともお話したかったのである。
御影さんから東京のクリエーターの話や作品に対する向き合い方など聞けて勉強になった。
一方・・・マシンガントーク記者はまだ休みなく話し続けている・・・。
それを聞いているウィリアムは偉いと思った。
ふと気がつくともう12時近くになっていた。
御影さんはホテルへと戻って行った。
記者も話したい事を全部話したのか席を立った。
そしてウィリアムも別の知り合いとタバコを吸いに何処かに消えた。
そして僕は一人になった。
隣の大きなテントにはDJブースがありパリから来たナントカナントカと言うDJチームが回していた。
深夜を過ぎると人がさらに多くなり盛り上がりをせみ、男同士でキスしている奴とかもいた。
僕はしっくりする自分の居場所がなくてあちこちを彷徨して、もうそろそろ帰ろうかなと思いはじめた
頃「侍モンスター」の監督が僕の視野に入った!
おぉ! ちゃんすー
「あのー初めまして・・・。はまちゃんです。」
アヌシー4に続く
June 30 アヌシーからの風 2 「お富上映」メインとなる会場にはすでに多くの人が列を作っていた。 まず我々の作品「お富」の含まれているコンペティション3を見ることにした。 会場内は上映前から異様な盛り上がりを見せており、かなりのお祭り気分だ。 僕の印象ではヨーロッパの短編アニメーションは、見る人も作る人も基本的に 絵画をやる人と同じ層の人たちでインテリ系が多いような気がする。 そんな大人達がはしゃぐのがこの年に一度のアヌシーなのだ。 子供はほとんど居なかった様に思う。
うわさに聞いていた通り紙飛行機が会場内を飛び交っていた。 先っちょの尖った紙飛行機が前に座っている薄毛のおじさんの後頭部に直撃して、 かなり痛そうだった。血は出てないみたいだけど・・。 折り紙王国代表選手としていくつか飛ばしてみたけど自慢できるほどの物ではなかった。 来年はもっと勉強しておこう。
「お富」の上映はコンペの中で一番最初だった。 観客のみんなが一番集中して見てくれるのがいい。まさか一発目から寝る人もいないだろうしね。 何度も見ている「お富」だがここにきてドルビーミックスの効果が最大限に発揮された。 セリフと効果音と音楽のバランスもいい感じ、それにやっぱり大画面はいいよね。
パチパチ パチパチ パチパチ
拍手の後司会者が僕とウィリアムをステージの上で紹介した。 ウィリアムと僕は日本風のお辞儀をして、どちらが先に舞台を降りるかを日本風に譲り合い 最後はウィリアムが僕を突き落としてオチをつけるコントで会場を笑わせた。 作品がシリアスなだけにいい演出だったと思う。
同じコンペティション3の中にもう一人日本人の方が出品されていた。 作品名は「侍モンスター」 3Dコンピューター作品でロスで制作されているようだった。 その監督さんとお話をしたかったけど、僕らは今夜ビーチで催される パーティーの招待券をもらうために受付へと向かった。 アヌシー3へ続く
アヌシーからの風 1 「水の都・アヌシー」 ブリュッセルより長距離バスで13時間ようやくフランスのアヌシーに到着した。
この長距離バス、慣れてはいるものの結構つらい・・・。
アヌシーの宿で待ち構えていてくれたのは、同じくベルギーのアニメプロダクション「子供カメラ」の若手アニメーターの面々。男子2名に女子4名。
「こどもカメラ」はベルギー南部の街リエージュで子供のためのアニメーションを作っているプロダクションで今回泊まらせていただくアパートを毎年借りているらしい。
台所もあり食事も当番製で作る事になった。
「同じ釜の飯を食うと」言う言葉もあるように、僕らはすぐに打ち解けた。
早速マリー・ルイーズがアヌシーの旧市街を案内してくれる事になった。
アヌシーはアルプスの玄関口にあたるリゾート地。
街に隣接する湖が驚異的に澄んでいる。
太陽の光が水の中をどんどん突き抜けて、湖底の白い砂をはっきり映し出していた。
マリー・ルイーズは昨年のブリュッセル・アニメーション・フェスティバルの受賞者でもありヨーロッパの
アニメ事情に通じている。
彼女いわく「アヌシーは作品のレベルもさることながら、来ている人たちが面白いわ。」
と湖のみなもの様にキラキラと瞳を輝かせた。
桟橋からそっと手を伸ばし水をすくうとアルプスからの雪解け水である事がすぐに分った。
マリー・ルイーズは水着を持ってきたのに・・・と少し残念そうに言った。
そしてサングラスをかけると空を見上げた。
僕達は木陰に沿ってやわらかい芝生の上を素足で歩きながらメインとなる会場へと向かった。
これから始まる出会いと作品に胸を弾ませながら。
アヌシー2へ続く May 09 Tシャツ皆さんお元気ですか?
ブログ更新おくれてます。すいません。
現在ラララスタッフはTシャツ作りに専念してます。
先日ラララTシャツを着てサルサ教室に行った。
浜風編集チョーは密かにサルサダンスを習っているのです。
言葉でのコミュニケーションが難しい外国では、音楽とダンス、料理が最良のコミュニケーション手段と
自負しているからである。
そして向かいあった女性パートナーと新しいステップを組んだ。
習い始めて8ヶ月。日に日にステップが複雑になり普段は足元ばかりを気にする所だが、
その日彼女は僕の胸元をじーっと見ていた。
そして不思議そうな顔で聞いた。
「ナニ?コレ?」
「これは僕の書いてる漫画と言うかアニメにしたいと言うか新聞みたいなもののキャラで・・・。」
「あっ わかったわ! ミヤザキ ハヤオね!」
「ぜんぜんちゃいます!格が違います!レベルが違います!住んでる世界が違います!」あわてる浜風編集チョー。
余計に混乱させたかな・・・。
彼女の足を踏まないように注意しながらそよ風通信を説明した。
でもやっぱり不思議そうな顔で「なんだかよくワカラナイけど面白いね!」と言った。
「ソレ売物なの?」
「えっーいやまだ景品と言うか粗品と言うか副賞というか・・・・。」汗がタラリと流れる浜風編集チョー。
「まだある?」
「うん作ればある」
「じゃあ来週もってきてあたし買うわ!」
と言うわけでラララそよ風通信、初めてのお買い上げが成立したのであった。
近々ブログで公開するためのモデルさんを探しているところです。
こうご期待!
ラララ編集部
May 06 抽選結果多くのご応募ありがとうございます。
公正な抽選(あみだくじ)の結果、
京都在住の伸子さんに決まりました。
おめでとうございます。
ご希望のシロッコさんキーホルダーを今月中にお送りします。
お楽しみに!
3名の方々に副賞も設けました。よぉ!太っ腹企画。
ラララ・オリジナル・プリントTシャツ
マスイ義行さん
梅原聡さん
DPRさん
おたのしみに!
April 15 ミスタークレイジーホース「ミスター・クレイジーホース」について 僕のヒッチハイク歴は北海道に始まり、アラスカ、カナダ、ヨーロッパと危ない
橋を渡りつつも何とか人の親切にあやかっているのである。 がしかし・・・。
この一台が停車した時はさすがに引いてしまった。 内部が上手くご紹介出来ないのが非常に残念だが外部のデコレーション以上に
不思議極まりないのである。 そしてこの運転手パンツ一丁だ!
人を外見で判断してはイケナイ。よーく分かっている。
が正直すごく迷った。 「乗るべきか乗らないべきか・・・。」
でもすごくネタになりそうだと僕の好奇心がうずいた。
・・・・乗ってしまった。 まずここ数年誰も座っていないと思われる助手席に山積みされた本やカセットを 後部座席へポイポイ放り投げるミスタークレイジーホース。 何とか三角座りで座席に着く事が出来た。 ダッシュボードに貼りまくられているヌード写真をチラチラ見つつ話に入る。
(女性ヌードで少し安心。) 話の切り口を探す。 ありすぎてどこから攻めていいのか分からない。 そうしているスキにクレイジー・ホースが「ワシ今からコンポステラ(*巡礼の道)行くんよー。」と言った。 この人も歩く人か。ほっ・・・。
歩く人に悪い人はいないと僕は信じている。 この不思議すぎる空間に安堵が漂う。
もっと色々話したかったが、目的地まで来てしまった。
お礼に桃を一つあげた。
ニヤーと笑いピースサインをくれた。 こんなにピースサインの似合う人を僕は生まれて初めて見た気がする。 2005 夏 スペイン・ベナスクにて
ミスタークレイジーホースの写真はフォトアルバム「ミスタークレイジーホース」でみられます。
あとがき及び注釈
*注釈/巡礼の道 サンチアゴ・デ・コンポステラについて
スペイン北西部,ガリシア地方の宗教都市。
11―12世紀のロマネスク様式の聖堂がありロマネスク彫刻群は有名。 使徒ヤコブ(スペイン名サンチアゴ)の墓地に由来し西欧最大の巡礼地。 この町への巡礼路がヨーロッパ中から延びている。有名なスペイン国内ルートが1993年,
フランスからのルートが1998年に世界文化遺産に登録された。 巡礼路には使徒ヤコブのシンボルである黄色いホタテ貝マークが点々と記され、それらをたどりながら巡礼地を目指す。
この黄色いホタテマークはシェル石油の看板と同じ。きっとここからヒントを得たのだろう。
宿泊は教会や信者さんの好意により、無料もしくは500円ぐらいとリーズナブルな旅が演出できる。
一度宿が同じになるとずーっと一緒に歩くことになるので自然とお友達になれるそうだ。 ブロンド・ギャルを追いかけるイギリス男や、雰囲気を盛り上げる為にロード・オブ・ザ・リングの様な マントをかぶり旅する若者。 仲のよいカップル。黙々と歩き続ける山好きのおじさん。 すれ違う人々はすごく楽しそうだった。出来ることならUターンしてその行列に加わりたかった。 でもピレネー縦走計画という(思いつき)計画を遂行するために涙を飲んだ。 でもいつか旅してみたいルートである。 April 08 読者プレゼントのお知らせ日頃のご愛読ありがとうございます。
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